水が小さな気泡を上げながらお湯に代わる。

そのお湯を二つのステンレス製のマグに移したとき

アスカがシャワールームから出てきた。

「ろくにお湯も出ないのね・・・・・」

不機嫌にアスカはそう言う。

「・・・・・・・」

僅かでもお湯が出れば、それは幸いなことだ。 

アスカはその事実を分かっていない。

シンジは黙って、ラベルの剥がれた缶詰を開ける。

中身はペースト状のミートだった。

鼻を近付け、匂いを嗅ぐ。悪くなっている様子はない。

ジンジはそれも二つの皿に取り分けた。

「・・・・そこ座りなよ、食事にしよう、」

シンジは一つしかない椅子をアスカに譲る。

「あんたは?」

「気にしなくていいよ、」

アスカは少しの間シンジの顔を見ていたが、黙ってその椅子に座った。

  テーブルに視線を移すと、使い古された食器に僅かな食べ物が乗っている。

薄い茶色の怪しげな物だ。そして、数枚のクラッカー。

「いつもこんなのばかりなの?」

「・・・・・そうだよ・・・・・」

シンジはパイプベッドに腰を下ろし、食事を始める。

アスカは困惑したように皿の上のものを見ていたが、

やがて意を決したようにスプーンを取った。

恐る恐る、皿の上の見慣れない食べ物をすくい取り口に運んだ。

食べてみると、そのペースト状のミートはそれ程酷い味ではない。

「まあまあじゃない・・・・」

アスカは安心して、残りを食べ続けた。

シンジは視線を少し上げ、アスカが食事をしている様子を見た。

こうしてみると、性格以外は申し分の無い少女だ。

長い睫、蒼い瞳。

スプーンを持つ、白く細い指。

暫く手を止めて見とれていると、不意にアスカが顔を上げた。

視線がぶつかり、シンジは慌てて目を逸らし、食事を続ける。

「ねえ、シンジは一人で暮らしてるんでしょ?」

「え・・・・う、うん、そうだけど・・・」

黙ってアスカを見ていたいたばつの悪さも在り、シンジは

どぎまぎと質問に答えた。

アスカの方はそんな事など意に介さず、質問を続ける。

「ずっと、一人なの?」

「・・・・・ま・・・あ、そうだけど・・・・」

シンジは応え難そうに返事を返す。

あまり聞かれたくない事柄に質問が進んでゆく気配を感じた。

それでも、アスカは質問を止めない。

「何時からこんな暮らし為てるの?」

「・・・・ずっと前からだよ・・・・もういいだろ、質問は・・・・」

不機嫌になったシンジに、アスカは些か驚いて口を噤んだ。

シンジは黙々と、スプーンを口に運んでいる。

アスカは小さく肩を竦め、その後は黙って食事を続けた。







********





シンジは床の上で目が覚めた。

目を擦りながら体を起こし、ベッドを見る。

そこでは金の髪の少女が横になっている。

昨日連れてきた少女だ。良く眠っている。

シンジは立ち上がると、静かに上着を着た。

いつものようにアルコォルランプに火を付け湯を沸かす。

壁しか見えない窓を開けて、外の空気を部屋の中に送り込む。

そこまで終えたところで、アスカは眼を覚ました。

「・・・・・う・・・・・ん、もう朝なの?」

「おはよう、良く眠れた?」

「良くも悪くも・・・・このベッド堅いんだもの。

体が痛くなっちゃったわ。」

アスカはそう言うと、大きく伸びをしてベットから出る。

「ま、野宿するよりは、全然ましだけど、」

シンジは苦笑いをした。

昨夜と同じく、二人分のカップを出し、湯が沸くのを待つ。

その時、何者かが重い扉を強く叩いた。

「シンジー!おるかぁー!わいや、開けてんかー!」

大きな声が響く。

「な、何?なんなの?!」

アスカは大きく瞳を開いて、扉を見つめた。

「僕の友達だよ、心配しないで、」

シンジは鍵を開け、扉を開ける。

シンジと同じ程の年齢と思われる少年が飛び込んで来た。

興奮した様子で少年は話し出す。

「シンジ、はよう準備せーや!お宝の山見つけたで!」

「おはよう、トウジ。新しいジャンクの山を見つけたんだ?」

「ああ!もう金になりそうなもんが、ぎょうさん転がっておったで!

はようせな、E-区の奴等に先越されてまうで!」

はやる気持ちを押さえきれずに、シンジの腕を掴んで外へ

行こうとしていたトウジが、自分を見ているアスカに気が付いた。

「・・・・・・なんや、シンジ・・・・」

トウジは眼で問いかける。

「え・・・・ああ、昨日知りあったんだ。・・・アスカだよ。」

トウジはアスカを見詰めたまま、暫く黙っていた。

随分と愛らしい少女だ。この辺りでは見かけない顔だ。

「何よ・・・・・!」

先に口を開いたのはアスカだった。

刺を含んだその口調に、トウジは眉を顰める。

「・・・・・なんや、性格きっつそうな女やな。」

トウジがシンジの耳に小さく言う。

「・・・・・・少しね・・・・・」

シンジがそれに応えた。

二人の様子にアスカは口を尖らせる。

「何よ、二人してこそこそして!」

「そ、そや、こんなとこでとろとろしてる場合じゃないんや!

はよ行くで、シンジ!」

我に返ったトウジが再びシンジの腕を掴んだ。

「分かった。すぐ準備するからまって・・・・」

シンジは部屋の隅に放り投げてあった、黒く汚れた皮の手袋を

拾い上げ、大きな布の袋を肩に掛けた。

「ちょ、ちょっと、何処にいくの・・・・?」

「少しの間出掛けてくるよ。悪いけど待ってて。」

自分を無視して進んでゆく事態に、アスカは顔を曇らせる。

「何なの?ねえ、何処行くのよ!」

「やかましいのぉ、わいらは遊びに行くのとちゃうねんで!!」

「じゃあ、何しに行くのよ!」

「・・・・・ジャンクを拾いに行くんだよ。」

「ジャンク?」

アスカが頚を傾げる。

「鉄屑とかだよ。」

「そんなもの拾いにに行って、どうするのよ?」

「あったま悪い女やなぁ!売るに決まってるやないか!」

「頭悪いですって?!あんた誰に向かってそんなこと言ってるのよ!」

「お前以外に誰がいるっていうんや?!」

トウジがアスカに詰め寄った。

それに対抗するように、アスカも一歩踏み出す。

「ト、トウジもうやめなよ、行こう。遅くなるよ。」

シンジが二人を止めに入った。

「そ、そうやったな、はよういかな、ええもん無くなってまうわ!」

「待って!私も行くわ!」

「ええ?」

「だって、こんなところで一人で待ってるなんて、ごめんだわ!」

シンジとトウジは顔を見あわせる。

「どうするんや・・・・?自転車は一台しかないんやで?」

「・・・・・・トウジ、アスカを乗せてやって。僕は走るよ。」

「そないに言っても、結構距離在るで。」

「じゃあ、途中で代わってよ。」 

「かまへんけど・・・・・」

「決まりね!」

アスカが勝ち誇ったように言う。

トウジは小さく溜め息を漏らした。







三人は新しく投棄されたジャンクの山に向かった。

この界隈は、NEO 3RD TOKYOから運ばれれて来る廃材の山が

あちらこちらに出来ている。

シンジ達はその山の中から、鉄屑やコンピュータの基盤を拾っては

金に替えて暮らしていた。

新しく投棄されたジャンクには金になりそうなものが多く混じっている。




ハブステップに乗ったアスカは、トウジの肩に掴まって辺りを見回した。

昨日はあれ程恐ろしいと思った通りも、今こうしてみるとただ汚いだけだ。

マンホールから立ち上る蒸気と、曇り空から僅かに漏れる太陽の光。

無人の崩れ掛けている建物と、遠くに輝く銀色のNEO 3RD TOKYO。

ふと、アスカは空を見上げる。


確かに何かを見た。

幻でも、目の錯覚でもなく。



「・・・・・・?」



「どうしたの、アスカ?」

並んで走っていたシンジが、空を見つめたままのアスカに声を掛けた。




微かに風が起こる。


アスカは視線を留めたまま、首を振った。





「・・・・ううん・・・・何でもないわ・・・・」









The Next・・・・・